千里の道をまだまだ走る~ときどきひとやすみ~

分析機器、医療機器の日英翻訳をしています。翻訳者生活10年目に入りました。翻訳や日々のつぶやき(料理・パッチワーク・読書)など、いろいろ書いていきます。

~補足~ トークイベント「翻訳学とはどんな学問?」

昨日アップしたブログの記事ですが、駒宮先生とゲストのお二人がリツイートしてくださいました。どうもありがとうございました。

イベントに参加した時には、自分の忘備録としてそのイベントについての記事をアップしているのですが、そのイベントの概要だけではなくて、自分が感じたこと、考えたこと、印象に残ったことなどもなるべく盛り込むよう心掛けています。

ただ・・。

おととしの翻訳祭の時にも同じようなことを書いたのですが、イベントの内容にどこまで触れてよいものか、正直毎回悩みます。

主催者側は貴重な情報を、貴重な時間を使って披露してくださり、参加する側は参加費を払う、遠くまで足を運ぶなど、そのイベントに参加するために何かしらの労力を費やしているわけです。それなのに、参加して面白かったからと言って、イベントの内容を勝手にいろいろ書いて広めてしまうのはどうなんだろう・・・と。(都度許可を取ればいいのかもしれませんが。)

・・というわけで、今回は概要がわかる程度のことしか書かず、ゲストのお二人のお名前や研究内容などについて詳細がわかるようなことは書かないようにしたのですが、お二人の研究内容は本当に面白くて、書けなかったのが残念なくらいでした。

このイベントや今回のPTCのお二人の活動に興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひTwitterのハッシュタグ「#アンスクエア」のツイートをたどっていってみるとよいと思います。 PTCのブログ記事もとても面白かったです。

「気になった質問」について

そうそう、今日補足として書いておきたかったのは、このイベントの最後の質疑応答で出た質問についてです。

たしかこんな質問でした。

等価理論の話で、擬音語や擬態語を日本語から英語に翻訳したことを思い出した。
動物の鳴き声は日本語と英語では異なるが、なぜ同じ音でこのような差が生じるのかという研究をしたことがあるか?

お二人がご存じの範囲ではそのような研究はされていないとのことでしたが、このお話を聞いたときに、以前読んだ本を思い出しました。

以前ブログで紹介したような気がしていたのですが、どうやら下書きのままで終わっていたようです。 

 

犬の鳴き声といわれて、私たちが真っ先に思い浮かべるのは「わん(わん)」でしょう。

でも、江戸時代くらいまでは犬は「びよ」と鳴いていたそうです。「びよ」は犬が遠吠えする音を表していて、それが「わん」に変わったのは、野生の犬が多かった時代から飼い犬が多い時代へ変化したから、つまり、犬との付き合い方がかわったからだ・・といったようなことが書かれています。

鳴き声の違いは、単なる聞こえ方の違いではなくて、その時代の文化や暮らしが反映されているということですね。

読んだのがずいぶん前のことなのでちょっと違うことをかいているかもしれません。

この本はとても面白かったので、まだ読んだことのない方はぜひ読んでみてください。(特に前半がおすすめです。前半はいいペースで読めますが、後半はちょっとマニアックな感じでペースが一気に落ちたのを覚えています。)

そして、もう1冊。
昔大学時代に読んだ『音の風景』(アラン・コルバン)という本のことを思い出しました。

アラン・コルバンさんはフランスの社会史の権威で、当時とっていたフランスの社会史の授業でこの方の著書がたびたび取り上げられました。

この『音の風景』には、教会の鐘は単なる宗教的なモノではなくて、鐘の「音」自体が、その共同体のアイデンティティを形成し、秩序を守る象徴的な存在だった・・というようなことが書かれていた・・・はず。(もう20年以上前に読んだものなのでうろ覚えですが、「音」という観点から歴史にアプローチをしているのがとても面白く思えて、このフランスの社会史の講義が大好きで夢中になって聞いたものです。)

話が逸れましたが、擬音語と擬態語、これは、聞こえ方の差だけではなくて、文化や歴史も絡むことなので、言語学だけではなく、歴史的な観点も必要になってくるのかなあ・・とか、研究をするとしたらどんな研究ができるのだろうか・・とか、いろいろ考えさせられてとても面白かったです。

特に結論はないのですが・・・。

いろいろ書いていたら長くなってしまったので、この辺で終わりにしておきます。

 

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